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熊本地方裁判所宮地支部 昭和61年(ワ)5号 判決 1988年4月25日

原告 古閑與一

<ほか三名>

原告ら訴訟代理人弁護士 松野信夫

被告 髙木キワ子

右訴訟代理人弁護士 成瀬和敏

被告補助参加人 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 塩川嘉彦

右訴訟代理人弁護士 山之内秀一

主文

一  被告は、原告古閑與一に対し、金五八八万五九一五円、同古閑与志一、同古閑朝生、同古閑かずえに対し、各金二一〇万八六三八円及びこれらに対する昭和五八年五月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告古閑與一に対し、金一五四五万〇三九六円、同古閑与志一、同古閑朝生、同古閑かずえに対し、各金六一一万六七九九円及びこれらに対する昭和五八年五月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告及び被告補助参加人)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告古閑與一(以下「与一」という)は、訴外亡古閑サエ子(以下「亡サエ子」という)の夫、原告古閑与志一、同古閑朝生、同古閑かずえ(以下「原告与志一、同朝生、同かずえ」という)は、右サエ子の実子である。

2  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五八年五月二日午前九時五五分ごろ

(二) 場所 阿蘇郡一の宮町大字三野 阿蘇牧場入口

(三) 事故の態様 原告与一が亡サエ子を助手席に乗せて普通乗用自動車(以下「被害車」という)を運転し、右折のため一時停車中、被告運転の普通乗用自動車(以下「加害車」という)が被告の前方不注視とブレーキとアクセルの踏み違えにより被害車に追突した。

3  亡サエ子の受傷

前記交通事故により、頸部捻挫の傷害を負った。

4  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任がある。

5  亡サエ子の治療状況

(一) 内田整形外科

昭和五八年五月二日から同年八月八日まで入院治療(九九日間)

(二) 済生会熊本病院

同五八年八月四日通院治療(一日)

(三) 石橋ヘルスゼミナール

同五八年八月一七日から同六〇年一月二二日まで通院治療、通院期間五二五日間、実治療日数五八日間、宿泊治療同五八年一一月一一日から同年一二月二日までの間に四泊、同月二六日、二七日、同六〇年三月四日、五日

(四) 熊本赤十字病院

同五八年八月九日から同月一〇日まで入院治療、(二日間)

同年七月一八日から同年八月八日まで、同月一一日から同六〇年六月九日まで通院治療、実治療日数七二日間

(五) 阿部玉晨堂診療所

同五八年七月二一日から同月三〇日まで通院治療、通院期間九日間、実治療日数二日間

(六) 松村鉄灸院

同五九年四月一一日から同月一二日まで、通院期間及び実治療日数二日間

(七) 小国指圧院

同五九年四月一七日から同月二〇日まで通院治療、通院期間四日間、実治療日数二日間

(八) 市原外科医院

同五九年八月一六日から同月一七日まで通院治療、通院期間及び実治療日数二日間

(九) 高本整骨院

同六〇年四月八日から同月一〇日まで通院治療、通院期間及び実治療日数三日間

(一〇) 太田鍼灸療院

同六〇年五月四日通院治療(一日)

6  亡サエ子の死亡と本件事故の因果関係

亡サエ子は前記5項のように二年以上にわたって各地の病院で入、通院治療を受けたが、頭痛、頸部痛、両上肢筋力低下、しびれ感、動悸、めまい等の症状に一向の改善も見られず、そのうえ、頭部、頸部の痛みが激しく、食欲不振、不眠等も加わってノイローゼ状態になり、その結果亡サエ子は前途を悲観し、昭和六〇年六月一〇日、農薬を飲んで自殺した。亡サエ子は健康で、明るく、我慢強い性格であったが、本件交通事故の後遺症に耐えきれず、遂に自殺という道を選択せざるを得なかった。

7  損害

(一) 亡サエ子の損害

(1) 生前の損害

(イ) 治療費三万五〇〇〇円

全体の治療費二五四万七九三九円のうち被告から二五一万二九三九円の支払を受けているので、その残額

内訳は松村鉄灸院、小国指圧院各六〇〇〇円、和式牽引器代二万三〇〇〇円

(ロ) 死亡に至るまでの慰謝料一五〇万円

亡サエ子は本件交通事故に遭遇して以来自殺する前日まで七七〇日にわたって苦しみぬいてきた。その精神的、肉体的苦痛は測り知れないものであり、その慰謝料として一五〇万円が相当である。

(ハ) 入院及び宿泊雑費四万六四〇〇円

亡サエ子は入院治療が一〇一日、宿泊治療が六泊の合計一〇七日間入院及び宿泊して治療を受けた。一日及び一泊につき雑費として一〇〇〇円を要したが、うち六万〇六〇〇円の支払を受けた。

(ニ) 休業損害一七九万二三〇四円

亡サエ子は本件交通事故のために、家業である農畜産業と家事に、右事故日から昭和六〇年六月九日までの七七〇日間従事できなかったところ、昭和五九年の四五才から四九才の女子労働者(学歴を含む)の年間収入は二二三万八五〇〇円であるので、四七二万二三一五円の休業損害を蒙ったが、二九三万〇〇一一円の補填があったので、一七九万二三〇四円が未払の休業損害である。

(2) 死亡による損害

(イ) 死亡による慰謝料五〇〇万円

亡サエ子は、健康で、明るく我慢強い性格であったのに本件交通事故の後遺症のため苦しみ抜き、遂には自殺をするに至ったもので、亡サエ子の精神的苦痛ははかり知れないものであり、これを慰謝するには五〇〇万円をもってするのが相当である。

(ロ) 将来の逸失利益一六九二万七〇八九円

亡サエ子は死亡時四九才で、六七才まで就労可能であり、年間収入が二二三万八五〇〇円であるところ、四割の生活費控除をし、新ホフマン係数を乗じると

223万8500×12.603×0.6=1692万7089

(二) 原告ら遺族の損害

(1) 遺族固有の慰謝料六〇〇万円

亡サエ子は原告与一の最愛の妻であり、原告与志一、同朝生、同かずえの最愛の母であるところ、亡サエ子を亡くして精神的にはかりしれない損害を蒙った。これを慰謝するには原告ら各自に一五〇万円をもってするのが相当である。

(2) 葬儀費七〇万円

原告与一は亡サエ子の葬儀代として七〇万円を支出した。

(3) 弁護士費用一八〇万円

本件訴訟事件の難易度、請求額等を考慮すると、原告与一が六〇万円、その余の原告らは各自四〇万円が相当である。

8  相続

原告与一は亡サエ子の夫であり、その余の原告らは亡サエ子の子であるから、亡サエ子が蒙った損害を法定相続分に従って相続した。

9  被告の支払い(補填)

被告が本件事故につき支払った額は、六〇三万〇四四〇円であり、その内訳は、治療費二五一万二九三九円、休業損害二九三万〇〇一一円、通院交通費五二万六八九〇円、入院雑費六万〇六〇〇円である。

10  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告)

1 請求の原因1ないし3項の事実及び四項は認める。

2 同5項の事実中、(一)ないし(三)及び(五)、(九)、(一〇)の事実は認めるが、その余の事実は不知。

3 同6項は争う。

4 同7項は争う。

5 同8項のうち、原告ら及び亡サエ子の身分関係は認めるが、その余は争う。

6 同9項の事実は認める。

7 同10項は争う。

(補助参加人)

1 請求の原因1ないし3項の事実及び4項は認める。

2 同5項の事実中、(一)、(二)及び(四)の事実は認めるが、その余の事実は不知。

3 同6項は争う。

4 同7項は争う。

5 同8項のうち、原告ら及び亡サエ子の身分関係は認めるが、その余は争う。

6 同9項は不知。

7 同10項は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3項の事実、同4項及び同5項の事実中、(一)、(二)の事実は、いずれも当事者及び補助参加人間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、請求の原因5項の(三)ないし(一〇)の事実が認められる(但し、被告は同項の(三)、(五)及び(九)、(一〇)の事実を、被告補助参加人は同項の(四)の事実をそれぞれ争わない)。

三  請求の原因6項について検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  亡サエ子は昭和五八年五月二日に本件交通事故に遭遇して以来、入通院治療を受けてきたが、頭痛が強く、バレリー症候群の症状を呈し、慢性化、難治性の傾向を示していた。亡サエ子の家族らは同女に協力していたが、同五九年一一月一九日には軽いノイローゼの症状がみられ、同六〇年二月にも同じことを訴え、同年三月にも全身倦怠感とか疲れやすいとか訴え、同年四月二〇日には神経症の強い状態を示した。亡サエ子は家庭においても痛みのため夜も殆んど眠れず、夜が明けるのを待ちどおしがり、明けるとすぐ通院する状態で、食欲も段々と衰えていき、一人になるのを恐がり、自分の身体は死ぬまで治らないだろうとか、家のことが何もできないことを心苦しく思うようになり、夫や子供達にすまん、すまんと口ぐせのように言うようになった。

(二)  亡サエ子の家業は農業と酪農であり、同女は年三回の牧草刈りの手伝いなど人手を必要とするときに手伝っていた。原告与一も亡サエ子と同時に本件交通事故に遭っていたので、一緒に治療を受けることが多く、できるだけ同原告が同女に付き添って励ましていた。

(三)  亡サエ子は、昭和六〇年六月一〇日、農薬を飲んで自殺した。

2  以上の事実が認められるところ、右の事実によれば、亡サエ子は本件交通事故による受傷の後遺症により神経症状を呈し、それが高じて昭和六〇年六月一〇日自殺したことが認められる。

ところで、亡サエ子の右自殺は、本件交通事故が直接惹き起こしたものとは言い難いが、右事故が遠因になっていることはいうまでもないのであるから、右事故による受傷が、亡サエ子の死亡(自殺)にどの程度関係(寄与)しているかを判断し、右寄与度に応じて被告(加害者)に責任を課すのが公平の見地からして相当である。

3  そこで、本件の場合、前記認定した諸事実を総合的に勘案すると三〇パーセントの責任を被告に課すのが相当である。

四  請求の原因7項(損害)について検討する。

1  亡サエ子の生前の損害

(一)  治療費

《証拠省略》によれば、請求の原因7項の(一)の(1)の(イ)が認められる。

(二)  死亡に至るまでの傷害による慰謝料

亡サエ子の受傷の程度、入通院治療の日数など、同女の生前の諸般の事情を考慮すると一五〇万円が相当である。

(三)  入院及び宿泊治療雑費

前記一、二の事実によれば、亡サエ子は一〇七日間入院及び宿泊して治療したことが認められるところ、右入院及び宿泊治療の雑費として一日一〇〇〇円が相当であり、《証拠省略》によれば六万〇六〇〇円の支払が認められるから、右雑費として四万六四〇〇円が認められる。

(四)  休業損害

前記二に認定した事実、原告与一の供述によれば、亡サエ子は本件交通事故に遭って以来自殺する前日まで七七〇日間家業の手伝いや家事に従事できなかったことが認められる。ところで、亡サエ子の年間収入は昭和五九年の女子労働者(学歴を含む)の四五才から四九才の賃金センサスによるのが相当であるから、年収二二三万八五〇〇円と認められる。そうすると、四七二万二三一五円が亡サエ子の休業損害と認められるが、《証拠省略》によれば、二九三万〇〇一一円が補填されているので、未払の休業損害は一七九万二三〇四円となる。

2  亡サエ子の死亡による損害

(一)  死亡による慰謝料

前記三の1に認定した事実等諸般の事情を勘案すると、慰謝料として四〇〇万円が相当と認められる。

(二)  将来の逸失利益

前記1の(四)に認定した事実及び亡サエ子の生活費控除は四割が相当と認められることからすると、同女の将来の逸失利益は一六九二万七〇八九円と認められる。

3  原告ら遺族の損害

(一)  遺族固有の慰謝料

前記一に認定した事実及び《証拠省略》を総合的に勘案すると、原告与一の慰謝料として一五〇万円、同与志一、同朝生、同かずえの慰謝料として各一〇〇万円が相当と認められる。

(二)  葬儀費

《証拠省略》によれば、葬儀費として七〇万円が認められる。

五  相続

亡サエ子と原告らの身分関係については当事者間に争いがなく、また前記三の1の(三)に認定したとおり、亡サエ子は昭和六〇年六月一〇日に死亡しているから、原告らは亡サエ子が蒙った損害を法定相続分に従ってそれぞれ相続したことが認められる。

六  被告の補填

《証拠省略》によれば、被告は合計六〇三万〇四四〇円の支払をしたことが認められる(但し、右補填につき被告は争わない)。

そして、右補填は亡サエ子の生前の損害につきなされたことが認められる。

なお、右補填総額のうち、五二万六八九〇円は亡サエ子の通院交通費として支払われたため、原告らは右通院交通費の請求をしていない。

七  亡サエ子の生前の損害のうち補填されていないのは、治療費として三万五〇〇〇円、慰謝料として一五〇万円、入院及び宿泊治療雑費として四万六四〇〇円、休業損害として一七九万二三〇四円であるから、合計すると三三七万三七〇四円となる。そして、右補填後の損害は原告らがその法定相続分に従って相続した。

八  前記三の2及び3に判示したことからすると、被告は亡サエ子の死亡による損害及び遺族固有の慰謝料並びに原告与一が支出した葬儀料につき、その三〇パーセントの割合で責任を負うことになる。

そこで計算するに、右亡サエ子の死亡による損害は合計二〇九二万七〇八九円であるから、この三〇パーセントにあたる六二七万八一二六円(円未満切捨)を原告らが法定相続分に従って相続したことになる。

また、原告与一は遺族固有の慰謝料一五〇万円と葬儀料七〇万円の合計二二〇万円の三〇パーセント、その余の原告らは固有の慰謝料各一〇〇万円の三〇パーセントで、原告与一が六六万円、その余の原告らは各三〇万円の損害をそれぞれ蒙ったことになる。

九  弁護士費用

本件訴訟の難易、請求金額等諸般の事情を勘案すると、本件交通事故と因果関係のある弁護士費用(損害)として、原告与一につき四〇万円、その余の原告らにつき各二〇万円が相当と認められる。

一〇  計算関係

以上に認定した事実によれば、亡サエ子の生前の損害三三七万三七〇四円及び同女の死亡による(同女)の損害六二七万八一二六円は、原告らが法定相続分に従って相続するから、原告与一は四八二万五九一五円、その余の原告らは各一六〇万八六三八円(円未満切捨)をそれぞれ相続することになる。そして、原告与一は、他に六六万円と弁護士費用四〇万円の損害があるから、合計五八八万五九一五円、その余の原告らはいずれも他に三〇万円と弁護士費用二〇万円の損害があるから、合計二一〇万八六三八円を原告らは被告に請求することができることになる。

一一  結論

以上のとおりであるから、本件請求のうち、原告与一は五八八万五九一五円、その余の原告らは各二一〇万八六三八円及びこれらに対する本件交通事故発生日である昭和五八年五月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山浦征雄)

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